塩の製法

2019年3月14日


自然塩のミネラルの大切さやおいしさを知り、10年以上前からヒマラヤの岩塩を愛用しています。
塩の製法や歴史など気になったので調べてみました。

製法について
岩塩 岩塩はその昔土地が近く変動により地中に埋まり海水の塩分が結晶化し地層になったもので、一度水に溶かし煮詰めて塩を取り出す溶解採掘法と、直接掘り出す乾式採掘法がある。主にヨーロッパ・北アメリカ

海塩(天日塩など) 海水を塩田に引き込み、濃縮池を巡回しながら太陽と風で海水を濃縮していき結晶化した塩を収穫する方法。メキシコやオーストラリア・ヨーロッパの沿岸地方に多い

海水 海水をいったん濃縮した後に煮詰める。イオン交換膜製塩法・揚浜式製塩法・瞬間結晶など

湖塩 塩湖、塩水湖から採取する (塩湖と言えばカスピ海、グレートソルト湖、死海が有名ですね)

日本
日本ではほとんど産出されないので、世界の中でも唯一といっていいほど、海水のみから塩を得ている国といえるそうです。

縄文時代・・・土器に海水を入れて煮詰めて採取する方法
弥生時代・・・藻塩焼(釜の上に網の目に編んだ竹を置き、その上に海藻を広げてその上から海水を注ぐ。表面にできた塩の結晶を釜の塩水に移すという作業をくり返し、底に溜まった濃い濃度の塩水を炊いて蒸発させる)
平安時代・・・桶に入れて運んできた海水を塩田にまき、天日で蒸発させた後に海水でろ過、釜炊きで塩の結晶を採取。
室町時代・・・干潟を堤防で囲って塩田を作り、満潮の時に塩田の溝に入ってきた海水を天日で蒸発、海水でろ過、釜屋で煮詰め、塩の結晶採取。(昭和30年代まで

現在・・・海水中の塩分のみを電気の力で採取するイオン交換膜法が圧倒的で、塩田による採取法はほとんど行われていない。

塩の道 海から遠い山間部は特に塩が珍重され各地で「塩の道」が開かれていきました。代表的なものとして
日本海沿岸の新潟県糸魚川市から長野県塩尻市に向かって開ける北塩ルート
太平洋側の静岡県掛川市から塩尻市に向かって開ける南塩ルート

敵に塩を送る
塩の大切さを伝える有名な逸話。戦国時代、越後の上杉謙信は塩を得るために海岸部に向かって領土を伸ばしていた。駿河の今川氏真(うじざね)は相模の北条氏と結託し、甲斐・信濃への塩の搬入を禁じ武田の勢力を弱めようと画策した。

これを聞いた上杉謙信は、生きていくために必要な塩を断つことを戦いに利用するのは卑怯と日本海ルートから武田に塩を送りライバルの窮地を救った、ということです。

身近すぎてかつて貴重だったことすら想像できない塩ですが、今でもなくてはならないものには変わりないですね。