万葉歌「や」屋戸 まれびとをお迎えする

2019年7月24日

あらかじめ 君来まさむと 知らませば 

門にも屋戸(やど)にも 珠敷かましものを

(巻六・一〇一三 門部王)

「前もってあなたがおいでだと知っていたなら、門にも家の中にも美しい玉をしきましたものを」

門部王(かどべのおおきみ)が左為王(さいおう)の突然の来訪に詠んだ歌だそうです。

前もって訪問のお知らせがあればちゃんと準備してお迎えできたのに。。と

不十分で申し訳ないという気持ちにも

残念に思う気持ちにも、共感できます。

この歌の詠まれた時代には家を整えるために、家の周りに

「珠を敷く」という作法があったことがうかがわれます。

神社に参拝し、鳥居をくぐると玉砂利(小石)が敷き詰めてあり

歩くとシャリシャリと石を踏む音が鳴ります。

これはわざと歩きにくい中を歩くことで

穢れを落として参拝の準備をしていると言われますが

また一説には

神様が海の彼方から渡って来られ

姿は見えなくても砂浜の砂の鳴る音で

訪れを知らせてくださっているのだとも言われます。

それを感じ取るように、家にもそれになぞらえて

玉砂利を敷いて神様の来訪を待つという形をとる

ということになるわけですね。

神様はお客様とともに

民俗学者の折口信夫によって示された「まれびと(客人・異人)」の解説にもあるように

常世の国の神様は悪霊から我々を守り、時にはまれに来訪して、祝福を与えてくださるという伝承がありました。

ここから外部からの来訪者を宿舎や食事を提供して歓待する風習も各地にあり

つまり神様はお客様を通して家に入って来られるのだと考えられてきたようです。

まさに

「お客様は神様」

ですから来客を歓迎する土壌も整い

わが国の「おもてなし」の精神もこういうことから自然に定着してきたことでしょう。

神様に関連する「や」のつく言葉

この歌は、また宿ではなく屋戸と万葉仮名で記されています。これは家のことですね。

「や」のつく言葉には

社(やしろ)や、お宮(みや)があり

神社を訪れると、そこは神様の佇まいであるかのように感じられることがあり

私たちは心身ともに清浄感に満たされます。

「八(や)」八百万(やおよろず)の神々や八百八町、噓八百など

数の多いことを表し、

「矢」素早さ的確に射ぬく力を象徴しています。

これらの「や」の意味は神様の恩寵といえるかもしれません。

また「宿る」にも「や」がついていますが

例えば「山」にはそれらの神霊=霊(たま)が納まっている所だとも理解できます。

そして屋根の「屋」も、家全体を上から覆うもの。

まさに神様の守りや恵みを受けながら

その下で私たちは安らかに生活を営んでいると思えてきます。 c