万葉歌 白珠 「し」は静める響き

2019年4月14日

白珠は人に知らえず 知らずともよし
知らずともわれし知れらば 知らずともよし 
 
 (巻六・一〇一八 元興寺の僧)

「白珠は人に知られない。しかし、知られずともよい。
たとえ人が知らなくても自分自身が知っているのなら人が知らなくてもいい」

この歌は短歌ではなく、五七七 五七七 を2回繰り返す旋頭歌(せどうか)という形式の和歌です。
元興寺の僧で、独りで悟りを得て智恵深いが、人々は誰もそのことを知らず軽んじられていたため、この歌を作って自らの博学を嘆いた、という注が添えてあります。

元興寺といえば、奈良県奈良市にある寺院で南都七大寺(東大寺、興福寺、元興寺、大安寺、西大寺、薬師寺、法隆寺)の1つで、蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)が平常遷都にともなって平城京内に移転した寺院です。

それだけ有名なお寺の僧であればなおさら、複雑な心境となるかもしれません。
海の底で眠っている真珠のように誰にも認められることなくひっそりと生きる自分自身。

ため息をつくような独白に「一体どんないきさつがあったのだろう?」と想像してみたり
こういう心境も「わからなくもないな」と同情してみたり
また、知られなくてもいいなら「こんな歌を残す必要もないのに」とまで思えてきます。

あれこれ感じさせられると同時にこの歌には、使われている「し」の音の多さがとても特徴的です。


ざわつく時やこちらに注意を向けてほしい時、人差し指を当てて「しーっ!」と発音すると、一瞬にしてその場が静かになりますね。
この「し」の音には静める力としての言霊が働いているのかもしれないと思えるほど強い響きがありますね。

「白珠(真珠)」「知る」「よし」と一見何の関連もない言葉ですが
「し」の音にこだわると、作者の気持ちがさらに見えてくるような気がします。

真実や真価を表わすような真珠の真っ白な輝きが象徴的に余韻を残し「知らず」という言葉をくりかえすことで「心のざわめき」=「無念さ」を押し込めてゆこうとする。
そして、「よし」と強く言い切ることで、最後には孤高の潔さとして自分自身に受け入れる決心を表しているかのようです。

また『Sound of Silence』という名曲のタイトルがありますが、まさに「しーん」という静けさの表現を連想します。
沈黙には音がないはずですが波動のような響きが実は漂っています。

静まり返り息詰まるような一瞬にも、真夜中の静寂(しじま)にも、数限りない音なき音の振動が実はさざめきあっているのを耳の奥底で捉えることができます。

音にならない音は何を伝えてくれているのでしょうか?