水無月(みなづき)と水の教訓

2019年9月2日

今年も早や6月、水無月ですね。

学生の頃6月1日の衣替えは、朝から何となくキラキラしていて、教室も明るくはじけるような気分に変化していたのを思い出します。

梅雨入りも気になりなるところですが、初夏の爽やかさは何ものにも代えがたい季節の贈り物に思えます。

水無月の語源

文字通り、梅雨が明けて水が涸れてなくなる月であると解釈されることが多いが、逆に田植えが終わって田んぼに水を張る必要のある月

「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」とする説も有力である。

他に、田植路言う大仕事を終えた月「皆仕尽(みなしつき)とする説

水無月の「無」は「の」という意味の連体助詞「な」であり「水の月」であるとする説などがある。(由来語源辞典)

水無月の無(な)は神無月の「無」と同じく「の」変化であるというのはわかりやすく納得できますね。

梅雨時の過ごし方に悩まされもしますが恵みの雨に感謝です。

「水五訓」黒田如水の教え

水に関してこれも意味が深いので書き出して味わってみたいと思います。

晩年「水の如く生きてゆく」と如水円清と名を改めた黒田官兵衛の教えです。

[水五訓]

一、自ら活動して他を動かしむるは水なり

二、障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり

三、常に己の進路を求めて止まざるは水なり

四、自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり

五、洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり 雨となり雪と変じ霰(あられ)と化し

凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)たる鏡となりたえるも其(その)性を失はざるは水なり

・水は流れを持っています。水はその流れる力で共に周りも動かしてゆくことができます。

自分自身が動くことで、周りも相手も動かすことができることを教えてくれています。

・普段は淡々と流れる水ですが、ひとたび障害にあうと速力を増し、浸食し、津波や洪水にみられるような破壊の被害まで及ぼしてしまいます。

実はこんなに激しく大きな力まで秘めている、自分の可能性を信じたいですね。

・水は常に流れてゆくもの。目的を持てばひたすらそこに向かって進んでゆく、たゆまなく精進することの大切さ。

成功するということは諦めずにやり続けることに他ならないことではないでしょうか。

・水は無色透明で清らかさの代名詞でもありますね。そしてまた水は汚れたものを清めてくれます。清濁の区別なくひとつにして浄化する、とてつもなく大いなる力に改めて感激させられます。

人とのつながりも、もう一歩近づく思いやりを持ち、相手を知り、信じ、大きな和を求めてゆくことが大切です。

・水の変化は見事なものです。気体・液体・個体と形態は変化しても清浄な性質は変わることがありません。

より俯瞰的な視線を持ち、必要に応じて柔軟に変化することもますます必要な時代になりました。

季節

Posted by satoko ikuta