数字「四」の意味は安定と継続

大抵の人は、子どものころから、ずっと友だちや仲良しや仲間と共に過ごし

成長してゆくわけですが

私にとって、三人で行動する友だち関係にはあまり永続性がなく

どうしても二対一になり私ははみ出してしまって

お付き合いが切れてしまうことも結構体験しました。

ひとりひとりのおつき合いか、四人、あるいは四人以上というのが良いようです。

「四」の意味

「四」には安定の意味があります。

東西南北、春夏秋冬、起承転結、などなど四文字熟語には

重要なひとまとまりを表しているものも多いですね。

しかし、日本では古来より「三」でくくる表現が圧倒的に多いです

三つの要素が揃って一つの完成

三種の神器、御三家、三人寄れば文殊の知恵、日本三景など

馴染みのあるものもどんどん浮かびます。

ではこの「三」の価値が「四」に移るということはどういうことを意味するでしょうか?

これは同じ「よ」でも「代」が良く表していると思われます。

完成されたもの(三)は大切にされます。

→ますます磨かれ良いもの(四)になり安定します。

→良いものは受け継ぎ、受け渡してゆこうとする継続の力が出てきます

すなわち先祖代々の「代」ですね。

居心地の良い関係

学生時代に知り合って以来、交流が続いている友人たちも私を含めて四人で

懐かしいというよりも、今となれば有難いと思える存在となりました。

子育て中でお互い忙しいとか、何らかの事情でとかで長い間会わずにきた時期もあります。

実はなぜかその時には会いたいという気持ちが起こらなかった、というのが本音なのですが。

そんな中でも潜在的に繋がっているといえるのか途絶えることなく、年賀状の一言メッセージで確認してきたような具合です。

人生に予めセットされてきたかのような、様々な出来事をカリキュラムのようにこなしながら

登山に例えるなら、一応の見晴らし台までみんな上がってこれたことを確認し合っているような今を感じています。

それにしても、出会って仲良くなったことは、ほんの自然な成り行きとか

たまたま、気づいたら友達になっていたとか

長い間、深く考えてみたこともありませんでした。

しかし、半世紀もの年月をそれぞれお互いに辿りながら振り返ってみると

やはり、出会うべくして出会った縁というものを感じざるを得ません。

ひとりひとりの人生体験というものは、到底すべてわかり合えるものではないですが

その時の苦労や悩みを身近に聞き、体験を経過させたことで得られる情報を

幾分か分かち合うことが出来ました。

今こうしてポジティブにいられることも、居心地の良さもずっと変わらなかったとしみじみ思えます。

四人にはバランスを取る作用も働いているようです。

そしてまた何となく補い合って、継続の力も働いていたようです。

言葉

Posted by satoko ikuta